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東京高等裁判所 昭和23年(ネ)486号 判決 1949年12月13日

主文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等は、原判決を取消す。被控訴人は、控訴人柴田忠恕に対し別紙第一物件目録の土地については買収の対価一反歩当り金二千五百円の割合による合計金九万三千百十七円を、別紙第二物件目録の土地については買収の対価一反歩当り金四千五百円の割合による合計金九万八千七百六十円を、別紙第三物件目録の土地については買収の対価一反歩当り金四千五百円の割合による合計金三万二千百十五円を、控訴人長谷川高雄に対し別紙第四物件目録の土地について買収の対価一反歩当り金二千五百円の割合による合計金四万四千百五十八円二十七銭を、控訴人持田紀一に対し別紙第五物件目録の土地について買収の対価一反歩当り金二千五百円の割合による合計金四万三千四百六十六円五十八銭を、控訴人笠原寿郎に対し別紙第六物件目録の土地について買収の対価一反歩当り金二千五百円の割合による合計金八千二百九十九円九十八銭を、控訴人関口正高に対し、別紙第七物件目録の土地について買収の対価一反歩当り金二千五百円の割合による合計金三千七百八十三円三十二銭を夫々支払うべし。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする旨の判決を求む、と申立て、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の供述は、控訴人等に於て本件山林は当該土地について通常造成される農地を想定し、これと所在及び位置が近似し等位の同一な農地の統制価格の四十五パーセントを乗じた額を以て買収せられたこと及び本件畑の買収価格はその賃貸価格に四十八を乗じた価格を基準とした額であるこれは孰れもこれを認める、と述べた外原判決の事実摘示と同一であるから茲にこれを引用する。

(立証省略)

理由

控訴人等が、昭和二十二年十一月から昭和二十三年六月に亘り同人等所有の埼玉県大里郡小原村及び本昌村等所在の山林並に畑につき、同県知事から控訴人等主張のような自作農創設特別措置法第三条又は同法第三十条による買収令書の交付を受けたこと、本件山林は当該土地について通常造成される農地を想定し、これと所在及び位置が近似し等位の同一な農地の統制価格の四十五パーセントを乗じて得た額の範囲内の価格を以て買収せられたこと及び本件畑の買収価格はその賃貸価格に四十八を乗じた額の範囲内であることは孰れも当事者の間に争のないところである。

控訴人等は自作農創設特別措置法による買収の性質は政府の一方的処分である点において土地収用と同様で、旧憲法第二十七条第二項は「公共ノ為必要ナル処分ハ法律ノ定ムル所ニ依ル」と規定し処分の目的たる物件及び対価等を法律に一任したのに対し、新憲法は第二十九条第三項において「私有財産は正当な補償の下にこれを公共のため用いることができる。」と規定し「正当な補償」を憲法上の要件としたことに旧憲法との相違がある。従つて旧憲法下に成立施行された自作農創設特別措置法及びその附属法令中の土地等の買収対価に関する規定が、その適用の結果新憲法の所謂「正当な補償」に該当しない場合には、右規定は新憲法に反するものとして、同法第九十八条によつてその効力を有し得ないこと明白である。よつて本件土地の対価が新憲法第二十九条第三項に所謂「正当な補償」に当るかどうかを検するに、本件山林の反当時価は三千円内外、現況畑の反当時価は四千五百円(原判決事実摘示に原告の主張として時価二千円内外とあるのは山林については三千円内外、現況畑については四千五百円の誤記であることは本件訴状及び昭和二十三年七月二十日附第二請求趣旨変更申立書と原審口頭弁論調書とによつて明白である。)であること及び諸物価に比し到底公正な補償と認め難いから、対価決定の基準を示す規定は無効である。よつて請求の趣旨記載通りの金額の支払を求める次第であると主張するのである。

按ずるに憲法第二十九条第三項は私有財産は正当な補償の下にこれを公共のため用いることができる旨を規定し、その所謂正当な補償とは、当該財産権の客観的な経済価値を意味することは議論がない。しかしこれを具体的に一定の金額を以つて算出することは、自由経済の行われる平時において、しかも経済が安定している通常の場合においては一般的には、当該財産権の売買価格を標準として比較的容易に行われ得るのであるが、統制経済の下において当該財産権に公定価格のある場合に何を標準として正当な補償額を決定するかは甚だ困難な問題と云わなければならない。

而して農地の取引価格については原則として当該農地の土地台帳法による賃貸価格に主務大臣の定める率を乗じて得た額を超えて、これを契約し、支払い、又は受領することを得ない旨規定せられ(農地調整法第六条の二)右の主務大臣の定める率については、現況田につき四十、現況畑につき四十八と定められているのであるから(昭和二十一年一月二十六日農林省告示第十四号)、現在その価格は統制せられ自由な取引価格が農地について存在しないのは勿論である。右のように価格を統制することは、価格の面から財産権の内容を公共の福祉に適合するように、法律で定めたものと云わなければならないのであるから、その財産権の経済的価値は、その統制された価格の範囲内において定まり、その統制価格を超えた経済的価値なるものは認めることはできない。従つて右の統制価格が憲法第二十九条第二項に云う「公共の福祉」に適合する限りその財産権の買収に対する「正当な補償」の額はその統制価格の範囲内において算定せらるべきものと解するを相当とする。よつて農地調整法第六条の二の規定による農地の前記統制価格が果して公共の福祉に適合するように定められたか否かにつき審按するに、ポツダム宣言を受諾した我が国においては、耕作者の地位を安定し、その労働の成果を公正に享受させるため自作農を急速且つ広汎に創設し、農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を図ることを目的とする農地改革をなすことは至上命令なりとせねばならないことは何人も疑わないところであつて、農地の価格を自由に放任するときは右改革の遂行を著しく阻害することは明瞭であるから農地の価格を統制することは農地改革の遂行上必要欠くべからざるものと云わねばならない。進んで、右統制価格決定の方法について見るに田については自作農の反当純収益(反当生産米の価格から生産費を控除したもの)から利潤部分を控除した地代部分たる二十七円八十八銭を国債利廻りで還元した自作収益価格七百五十七円六十銭を中庸田反当の標準賃貸価格十九円一銭で除して得た三十九、八五を四十に引直し、又畑については、昭和十八年三月勧業銀行調査にかかる田の売買価格七百二十七円に対する畑の売買価格四百二十九円の比率たる五十九パーセントを田の自作収益価格に乗じて得た四百四十六円九十八銭をその自作収益価格とした上、これを畑の中庸反当標準賃貸価格九円三十三銭で除して得た四十七、九を四十八に引直し、以て田及び畑について夫々自作収益価額を以て統制価格の基準としたものであることは顕著な事実である。而して農地に対しては処分の制限(農地調整法第四条)使用目的変更の制限(同法第六条)地主の農地取上げの制限(同法第九条)等幾多の制限があるから、農地の価値は殆んどこれを耕作することのみに存するものと云うべく、その価値は自作収益を基準として定めることも一応合理的なものとして首肯することができる。尤も右統制価格は、昭和二十年度産米穀の政府買入価格六十キログラム当、六十円余を以つて算出の基礎としたものであることは勿論であるが、その後年度産米穀政府買入価格は著しく高額となり、昭和二十三年産のものは六十キログラム当千五百十円と定められたこと、又その他の農産物価格の引上、インフレーシヨンの昂進に伴い一般物価が著しく高騰したことは孰れも公知のことであるし、生産費も亦増加したことは当然で、自作収益が増加したことも認められるのであるが、その統制価格は、右の経済事情の変動に伴いこれを改訂することは、自作農創設事業と関連して考えるときは、急速に該事業を完成せねばならない要請に迫られている事情(自作農創設特別措置法施行令第二十一条)に徴し、当初に定められた統制価格を維持し、これにより買収することも止むを得ないものとせねばならない。

以上説明のように農地調整法第六条の二の規定による統制価は憲法第二十九条第二項に云う「公共の福祉に適合するように」定められたものというの外なく従つて農地の買収は右価格の範囲内においてその補償の額が算定せらるべきである。而して自作農創設特別措置法第六条第三項の規定による農地買収の対価は右と同額に定められているのであるから、同対価を以てする農地の買収は憲法第二十九条第三項にいう「正当な補償」の下になされたものと云わねばならない。従つて、自作農創設特別措置法第六条第三項の規定は、憲法に違反するものではなく、これが憲法に違反する無効のものであるという控訴人の主張は理由がない。

次に未墾地たる本件山林について定められた前記買収対価の当否につき審按するに、自作農創設特別措置法第三十一条第三項が未墾地買収計画における対価を定める場合には「農地以外の土地にあつては、命令の定めるところにより、当該土地の近傍類似の農地の時価を参酌」する旨を規定しているから、農地以外の土地の買収対価は当該土地の近傍類似の農地について同法第六条第三項に定められた価格(即ちその農地の統制価格)の範囲内において定めるように、命令にこれを委任したものであることは勿論で、又、同法施行令第二十五条は右自作農創設特別措置法第三十一条第三項の規定に基き「農地以外の土地の対価は当該土地の上に生立する竹木のない場合にあつては、当該土地の近傍類似の農地の時価に中央農地委員会の定める率を乗じて得た額」を超えてはならない旨を規定している。而して中央農地委員会は右施行令第二十五条の規定に従い、その率を全国一律に四十五パーセントと定めたこと及びこの率を定めるについては、次のような方法によつたものであることが当裁判所に顕著である。即ち農地の価格が未だ統制されていなかつた昭和十二年度における全国平均反当畑価格と同年度における全国平均反当薪炭林素地価格との比率二十二パーセントと、昭和十五年度における全国平均反当畑価格と同年度における全国平均薪炭林素地価格との比率十六パーセントとを平均した十九パーセントを以て全国平均畑価格と同薪炭林素地価格との自由経済時代における自然的価格の比率を得たのであるが、なお、昭和二十二年度における財産税の基準となつた全国平均反当山林素地価格、同じく原野価格並に全国平均反当近傍類似の畑価格を調査し、全国平均反当近傍類似畑価格と同山林素地価格との比率八十一パーセント及び全国平均反当近傍類似畑価格と同原野価格との比率四十五パーセントを各算出した上、山林と原野との面積の全国比率が山林が七十三パーセント、原野が二十七パーセントであることを基礎として全国平均反当近傍類似畑価格と全国平均反当の山林素地並に原野を平均した価格との比率を算出して七十一パーセントを得、前記十九パーセントと右七十一パーセントとの中間を採り、四十五パーセントを得、これを以て自作農創設特別措置法施行令第二十五条所定の率を決定したものに外ならない。而して未墾地の買収並に売渡は自作農創設の一環をなすものであることは勿論で、右中央農地委員会の定めた率が自作農創設特別措置法並に同施行令の規定の趣旨に副うものである以上前段に説明した通り耕地について定められた買収対価が憲法に適合すると同様に未墾地について定められた右の買収対価も結局憲法第二十九条第三項に適合するものと解するの外はない。従つて控訴人等のこの点に関する主張も亦採用するに由ないものと云わねばならない。よつて本訴請求を排斥した原判決は相当で、本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三百八十四条に従いこれを棄却し、控訴費用の負担については同法第九十五条第八十九条の各規定を適用し主文の通り判決する。(昭和二四年一二月一三日東京高等裁判所第六民事部)

第一物件目録

埼玉県大里郡小原村大字板井字大久保二百九十八番

一、山林 二反八畝九歩

同所三百十七番

一、山林 一反四畝九歩

同所三百二十一番

一、山林 四反七畝十一歩

同所三百二十二番

一、山林 一反九畝十八歩

同県同郡同村大字板井字大塚千四百九十八番

一、山林 一反四畝四歩

同所千五百番

一、山林 一反五畝七歩

同所千五百二十番

一、山林 一反五畝一歩

同所千五百二十二番

一、山林 一反四畝五歩

同県同郡本畠村大字本田字板井境千三百三十六番

一、山林 七反二畝十歩

同所千三百三十七番

一、山林 一町三反二畝一歩

以上

第二物件目録

埼玉県大里郡本畠村大字本田字平方前林九百十番の一

一、山林(現況畑)四反三畝二十二歩

同所九百二十一番

一、山林(現況畑)九畝十九歩

同所九百三十番

一、山林(現況畑)四反二畝二十二歩

同県同郡同村大字本田字竹ノ花千五百七十四番

一、山林(現況畑)一町四畝一歩

同県同郡小原村大字板井字下板井八百九十七番

一、山林(現況畑)五畝二十六歩

同所八百九十四番

一、山林(現況畑)一反三畝十四歩

以上

第三物件目録

埼玉県大里郡小原村大字千代字荻山南三百二十一番

一、山林(現況畑)一反三歩

同所三百二十六番

一、山林(現況畑)二反三畝二十四歩

同所三百三十八番

一、畑(現況畑)二反五畝十七歩

同所字東原百八十七番の一

一、畑(現況畑)一反一畝二十七歩(一反九畝二十一歩の内)

以上

第四物件目録

埼玉県大里郡本畠村大字本田字板井境千三百三十五番

一、山林 六反十七歩

同所千三百四十五番

一、山林 二反三畝三歩

同県同郡同村同大字字中条場千三百五十五番

一、山林 一反二畝二十四歩

同所千三百五十六番

一、山林 一反四畝二歩

同所千三百六十七番

一、山林 五反一畝十八歩

同県同郡同村大字板井字桜山三百六十二番

一、山林 一反四畝十五歩

以上

第五物件目録

埼玉県大里郡本畠村大字本田字板井境千三百四十三番

一、山林 一反二畝十歩

同所千三百四十四番

一、山林 一反三畝二十六歩

同県同郡同村同大字字清水窪三千百七十八番

一、山林 一町四反七畝二十歩

以上

第六物件目録

埼玉県大里郡小原村大字板井字大塚千五百二十八番

一、山林 三反三畝六歩

以上

第七物件目録

埼玉県大里郡小原村大字板井字大塚千四百九十六番

一、山林 一反五畝四歩

以上

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